円勝寺は、今から約四百年前の戦国時代、木津神城の城主であった篠原自遁の三男右近が開基したと伝えられています。
篠原自遁は、阿波の戦国大名三好氏の家臣であり、篠原長房の一族と言われています。
篠原一族は、織田信長と戦っていた石山本願寺の顕如上人に軍勢3万を送り加勢しました。
そのお礼として、顕如上人は妹を篠原一族に嫁がせたと伝えられています。
その後相次ぐ戦に一族が相次いで戦死していく姿をみた右近は、世の無常を嘆き、顕如上人の元に訪れ得度を受けます。
当地に帰った右近は、名を正秀と改め、元の家臣達を浄土真宗に教化し、文禄元年(1592年)共に円勝寺を建立し、現在まで法灯が受け継がれています。
江戸時代には寺子屋を開校し、 明治に入って尋常小学校(現在の堀江北小学校)ができるまでの間、地域の児童教育の場として親しまれてきました。
特に、十一世住職の日雲は、龍谷大学の学林で13年間学び、京都の最新の知識を徳島に伝える大きな役割を果たしていたと考えられております。
歴代住職
- 初 代 正秀 寛永元年(1624年)3月19日寂
- 二 世 円照 慶安元年(1648年)3月19日寂
- 三 世 善正 延宝二年(1674年)7月14日寂
- 四 世 善宗 天和元年(1681年)6月19日寂
- 五 世 諸善 宝永六年(1709年)11月16日寂
- 六 世 善正 享保二年(1717年)7月10日寂
- 七 世 梅隆 天明七年(1787年)9月1日寂
- 八 世 勧導 文政十一年(1828年)3月4日寂
- 九 世 円乗 天宝 六年(1835年)8月13日寂
- 十 世 勇勤 明治十三年(1880年)9月29日寂
- 十一世 日雲 明治二十三年(1890年)11月18日寂
- 十二世 隆勤 昭和十三年(1938年)10月3日寂
- 十三世 善隆 昭和十七年(1942年)1月13日寂
- 十四世 善雄 前住職
- 十五世 彰憲 現住職



円勝寺の沿革

